あなたはお守りある?私はあるよ。
神社のお守りだよ。いつでも身に着けているわ。試験や大事なことあった時、絶対に出して、手で握るわ。
なぜなら、これは私の護符だわ。
レントゲン室に続く廊下のソファから、悠紀(ゆうき)は一種独特の騒々しさのある病院のロビーを見ていた。
病室を抜け出してきていたので、ネグリジェのままだったが、まあ此処では恥ずかしくもない。
お年寄りなんか結構元気そうだけどなあ。
待合室が年寄りの社交場になってるってほんとかも―
そんな呑気なことを思っていたとき、正面のエレベーターホールからスーツを着たガタイのいい男がやってきた。
その形相に、一瞬、逃げようかなとも思ったが、笑顔を作り手を振ってみる。
それは、何も疚しくありませんよ、というパフォーマンスに似ていた。
「いい度胸だな、悠紀」
仁王立ちに立ちはだかったその男は葛西紀之(かさい のりゆき)。
横浜南署の刑事だった。
雄叫びを上げながら山から派出所に駆け込んできたような風貌だが、よく見ると顔自体は整っている。
「別に逃げちゃいませんよ。
これ、手錠に繋がれてんのと一緒でしょー」
そう言い、点滴スタンドを示した。
横浜国立博物館、通称横浜館が爆破されたのは昨晩のことだった。
遅い梅雨明けを迎えたばかりの海岸線沿いは寒く、葛西は風を避けるように防波堤の陰にしゃがんでいた。
レンガ造りの横浜館は警官隊とパトカーに囲まれ、サーチライトの照射する光でライトアップされている。
なかなか美しい情景だったが、その大仰さに葛西は呆れた。
『日曜七時、ホルスの眼とEARTHを頂きます 卑弥呼』
そんな予告状が横浜館に届いたのは木曜日のことだった。
「悪戯に決まってんだろ? 今どき予告状出す泥棒なんて居るかよ」
そう吐き捨てると、それが居るんですよねえ、と伊集院が言う。
伊集院の祖父は元警察官僚らしいが、何故か彼はノンキャリアの一刑事に過ぎなかった。
借り出されている交通機動隊所属のGTOの上にノートパソコンを広げ、こちらに向ける。
葛西とは対照的な、如何にもおぼっちゃまといった風情の顔を、その灯りが照らし出した。
「見てください。
パリを中心にヨーロッパが多くて、ほとんど日本には現れてないんですけど、なんと八十年前から居るんですよ、卑弥呼って」
「いくつのババアだそりゃ」
葛西はしゃがんだまま液晶の画面に映し出された世界地図を見上げる。
赤い点がヨーロッパを中心に分布していた。
「シンジケートの別名って噂もあります。
卑弥呼という名の怪盗を作り上げ、宝石などを奪って資金源にしてるとか。
確かにシンジケートなら、盗品を捌くのも簡単でしょうね」
そんな味気ない伊集院の言葉に、つい、なんだ、アルセーヌ・ルパンみたいなのじゃないのかよ、と言ってしまい、笑われた。
「なあ、そのシンジケートって日本のか?
日本に関係ないんなら、卑弥呼ってのはおかしいよな」
「そうですね。でも、外国の人も腕に神風とか彫ってますしねえ」
まったく、と溜息混じりに身を動かすと、靴の下でアスファルトが砂と擦れる音がした。
「どっかの馬鹿がマスコミにすっぱ抜きやがったせいで、愉快犯から次から次へと予告状が来て。
あれじゃ何が本物かもわかりゃしねえじゃねえか」
「まあ、最初のこれも本物だって保証もないですしね。ICPOの新道(しんどう)警部もいらっしゃらないようですし」
一応、ICPOには卑弥呼といえばこのチーム、というのがあるらしいのだが、今回は他の仕事で手が離せないらしく、予告状の信憑性も疑わしいというので、来ないようだった。
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